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世界が平和でありますように
2010年11月18日 (木) | 編集 |
「世界が平和でありますように」

 この台詞はとうの昔に使い古され、今ではほとんど誰も使っていないのではないかと思ってしまうくらい、誰も口に出しませんね。実は筆者、この台詞(というか言葉)が好きです。良いじゃないですか、世界平和。核が無く、戦争もなく、差別もなく、貧富の差もない、言ってしまえば平坦な世界。起伏の激しい現代からは考えられないくらい、素晴らしい世界でしょうね。ばっさり切り捨ててしまえば、そんなこと有り得ないんですけどね。

 でも……。と最近よく考えます。仮に世界がさっき言ったような世界になったとしたら、我々のような創作を行う人たちはどうなるのでしょうか。歌手は、芸術家は、小説家は、漫画家は……どうなるんでしょう?
 当たり前のように育まれ、貴重さの欠片も失った愛を歌えるんでしょうか? 平和な光景だけをキャンバスに描き続けるんでしょうか? 何の問題ない、綺麗な家庭を紙に記していくのでしょうか? 何だか、そんな味気のないものばかりを創り出しても、面白みがないと思いました。もちろん、平和であればそれしか生まれないというわけではなく、それに逆らうかのように、戦争を取り扱ったり、理不尽な差別を扱ったりする作品も出てくるでしょう。

 ですが、やはり面白くない。創作をする者にとって、平和って、とんでもなく退屈なんですよね。
 さて、長くなるかもしれないので、続きは「READ MORE」からどうぞ。



 ある心理学の先生が言っていました。

『芸術家などが親族や恋人の死を体験した時、良い作品が生まれる』

 その先については覚えていませんが、そう言っていました。つまり、我々、創作者には常に刺激が必要だということです。親族の死、理不尽な世の中、差別、就職難、人間関係の崩壊……。今、我々はそんなことが当たり前の世界に身を置いています。だからこそ、それに対する反発が生まれ、刺激され、結果として創作意欲に繋がるのではないかと考えるわけです。ずっと刺激に晒されているから、良い作品が生まれるのではないかと。

 世間で言う『中二病』の人なんか、創作する側に向いていると、筆者は思います。中二病の人って、良いように言えば、現実に対する不満なんかを沢山持っていると思うんです。割と現実を皮肉ったことを言う人も、結構いるようです。それはまさしく、この現実に反発しているからこそ、考えることですよね。だから、中二病の人たちは今すぐに創作活動に勤しんでください。何だか、良い結果が待っている気がします。

 さて、ここまで書きましたが、では、世界が完全な平和になってしまえばどうなっちゃうんでしょう。そんな反発、生まれるはずがありませんよね。ということは、刺激がなくなります。刺激がなければ、少なくとも筆者には良い作品を書ける自信がありません。となれば、この世から創作物、特に小説や音楽といったものは衰退していくのではないでしょうか。端的に言えば、取り扱うネタがなくなってしまうんです。

 どう考えたって、突飛なお話ですけどね。

 これだけ言っておいてなんですけど、平和な世界なら平和な世界で、何らかの反発を覚える人はいるでしょう。そういう人たちが、また違った発想で、面白いものを生み出していくのでしょうか。何だか、それはそれで面白いかもしれません。
 
 世界平和。中々実現しづらいものではありますが、いつかきっと、地球が生物全てにとってのユートピアとなりますよう、祈っていましょう。それまでの間、我々は必死に反発し、この世界に刺激され、良い作品を生み出していくことにしましょう。

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